ロンドンの北東部Dalstonにある音楽ヴェニューCafe OTO(カフェ・ オト)。今では世界中のミュージシャンに、もっとも演奏したいライブ・ハウスの一つとして数えられている。日中は食事も提供するカフェとしてオープンし、夜は音楽イヴェントが催される。パートナーのヘイミッシュさんとともにCafe OTOを立ち上げた山本景子さんは、ご自身も中島吏英さんとのデュオ・ユニットであるO YAMA O(オー・ヤマ・オー)の一員として、近年は多数の国際的なイベントに参加している。Cafe OTOという場の提供、また自身もアーティストとして様々なイベントに参加する立場として、コロナ禍の現状をどのように捉えているのか、ライブ・チャットで近況を伺ってみた。
5月30日に公開の前篇に続き、後篇をお届けします。
インタビュー、テキスト:松﨑友哉
松﨑(以下M):「ずっとCafe OTOでお忙しくされてきて、いまコロナの影響で強制的に営業停止を強いられているわけですが、現在の状況下で特別に何か活動されていることなどありましたらおしえてください。」
山本(以下Y):「ラジオや無観客のストリーミングをするのにはもうちょっと時間かかかると思いますが、いまできることで、デジタル・ダウンロードのみのTakuRoku というオンライン・レーベルを始めていて、自分たちでできるDIY録音、スタジオ・クオリティーや音質にこだわらず、アーティストがホーム・レコーディングした音源を、Cafe OTOを通してプロデュースしようというプロジェクトです。
売り上げの半分はミュージシャン、あとの半分はCafe OTOのサポート資金になります。ミュージシャンもみんな仕事がなくなったり、ツアーもなくなってしまったりと、大変だけどみんなでサポートしつつみたいな感じです。因にCafe OTOの会員メンバーになるとお得な値段でダウンロードができます。」
M:「この状況ならではの発想ですね。普段ハイスペックな音源にこだわっているタイプのミュージシャンが、宅録だけでどのように折り合いをつけるのか非常に興味があります。」
Y:「あとこの間、あるラジオにゲストとして呼ばれたんですけど、面白かったのはみんな自宅からの参加で、たぶんBBCなどもいまはそうですけど、普段はハイスペックな機材でクリーンなサウンドで、ってやっているのに、その時はそれぞれの機材で自宅から収録でしたので、シンクロがうまくいっていなかったりもあったんですけれど、でもそこまでハイスペックな音とかでなくてもオーケーみたいな、みんなの許容の 幅が広がってて。それはミュージシャン同士でも話していてそういうのあるみたいです、チャーミングな音のままでいいみたいな(笑)。」
M:「制約が新たな表現方法をうむこともあると思います。良い材料を手に入れられる人だけが優れた作品をつくるとは限らないですからね。実際にネット越しで行なわれる作業を体験してみていかがですか?」
Y:「O YAMA Oの新しいアルバムに向けて録音し始めたんですけど、Zoomで会って、自分たちの持っている機材で録音して、あとでミックスするというやり方です。多分バンドの人達もみんな今はそうやってると思うんですけど。楽しいっちゃ楽しいんですけど、やっぱり違いますね、同じそこの場でやるっていうのとは。」
M:「コロナ収束後の世界では、ネットを介した音楽ヴェニューやイヴェントが増えることはあると思いますか?」
Y:「ヴェニューって場所ってことですから、肉体的に集まれなかったら、集団として何かを共有することが欠けてる感じがして、どうするんだろうなって思います。無観客配信、テレビ、ラジオなどは可能性があるので、これからも続いていくとは思いますが、やっぱり人と同じ空間を共有することってすごいんだなって思いました。閉店した当初に無観客でライブ・ストリーミングとライブ・チャットをしたんですけど、そこでもらったコメントをみるとやっぱり、ライブを体験するってことに対して、みんなもうすでにノスタルジアみたいな(笑)。その時もうすでに感傷的になっていました。それはCafe OTO のことですけど。
わたし個人のパフォーマンスに関して言えば、人がいないところでパフォーマンスすることに意味があるのか、などと考えたりしました。違いますよね、空間の体温が。生演奏、生パフォーマンスはやっぱり人がそこにいないと、コンピュータで配信していくというのは、どうなんだろう、わたしは生身の人と空間が恋しくなると思うんです。」
M:「確かに空間の雰囲気というのは、演者とオーディエンスとの関係だけではなくて、オーディエンス同士がつくりだすものでもありますよね。」
Y:「そうですね。例えばパフォーマンスが始まる前など、Cafe OTOって色んな人が集まってできていたところですから。会話を交わすことなどの色々な共有、そういうことをする場でもあったので。それとご飯を食べる、お茶を飲む、お酒を一緒に飲むとか、そういうファンダメンタルなエクスチェンジが相互にできないっていうのはやっぱり、不便(笑)。不便っていうかもったいない、と思います。やっぱないとダメなんじゃないかなって、人間ってひとりで生きていけないっていうか、集合体でいろんなことを学ぶってこともあるので。コンピュータを通してということだけになるとちょっと寂しいなって思いますね。」
M:「ロックダウンという経験を経て、今後ミュージシャン、アーティストの活動や行動範囲は変わると思いますか?」
Y:「Cafe OTOに関して言えば、今年はブッキングもいつできるかもわからないので、今年いっぱいは考えていなくて、いつ再開できるか分からないと、海外のアーティスト呼べないですから。だから本当にローカルな感じになるのか、イギリス内、またはロンドン市内のアーティストだけにスポットをあてる、もしくは、観客の数をものすごく制限してやるなど。そういうロジスティックなことは色々考えていますけど、それもやっぱり、今後の政府や国の方針にもよりますね。完全な保証ができない場合はどうするのか。
飛行機が飛んでないから大気が綺麗になったなんて言うじゃないですか、みんな。そういうことを考えると、やはりそうか、あんまり海外から人は呼ばない方がいんじゃないかなんて考えてしまいますね(笑)。そういうことも今後考えていかなくてはいけない問題だなって。」
M:「世界の経済活動を強制的に2ヶ月停止させただけで、人間がエコシステムに与えていた影響が可視化されたなどと言われていますよね。」
Y:「去年わたしと中島吏英ちゃんは恵まれたことに、ジェット・セッターみたいにブラジルやら、他の色んなところに行かせていただいたんですけど、本当にそれもどうかなって思いましたね。O YAMA Oの活動としては、ミュージシャンはツアーしてギグしてなんぼっていうこともあったけど、それがなくなっても大丈夫なんじゃないかなって。そこまであくせくギグのブッキングとろうとか、そういうことを思わなくても。
でもいまは色んなことが関わってそんな気持ちになっているのかもしれないですけど。こういう自粛生活になって、あんまりどこにも行かないことにハッピーな自分がいて。生活のスピードが落ちて、頭の中にも少し余裕ができたってことは、健康的になったのかなって思います、前よりは。心とかもね。子供のこともありますけど、Cafe OTOのことやO YAMA Oのことなどもやらなくてはと、自分に色々と課していたところもあったから。いまはそれがあまりなくなって、色んなところに山菜を摘みにいったりとか。そういうのが 結構楽しくなってきて、発見することも勉強になることも多いですし。だから、全然いいんじゃないかと思ってしまいますね(笑)。人と会えない以外はこういう生活も。耕して、食べれるものだけ食べてみたいな。 やっぱり自然には逆らえないですから。」
M:「これからの世界に向けて、アーティストやミュージシャンを志す若い世代の人達に、何か伝えたいことなどはありますか?」
Y:「今はデジタル時代で、ひとりで部屋にいてコンピュータがあれば何でもできてしまうみたいな、そういう領域はもっと簡単にこれからもできていきそうな感じですよね。でもわたしの立場から言うと、天気がいい日は、外に出て走り回って疲れて帰ってきて寝る、みたいな、人間の本来の、寝て朝起きて働いて汗かいて、そういう作業が大事なんではないかと思ってしまいます。
若い人達を見ていると、みんなSNSに夢中になりすぎているように見えるんですよね。そこで起こったことがすべてみたいに、全部鵜呑みにしてパニックになっていたりするから。アイデンティティがSNSのプロフィールに重心がいっていて、距離感があまりない気がするんです、生身の自分との。これは自分にも言い聞かせてるのですが、なるべく紙と鉛筆で文章を書くとか、本を読むとか、レコードを聴くとかアナログな生活を目指しています。仕事がほぼ全てコンピュータベースなのでなかなか難しいですが。デジタルな情報はたくさんとれますけど、体感とか体験とか、五感で感じることが、想像力を耕すところに繋がっているとわたしは思っていて、あとは人と対話をする、ディスカッションをするっていう、生身の人と会っていくっていうところは欠かさない方がいいんじゃないかなって思います。」
人と直接対面することができない生活は不便でもったいない、とおっしゃる山本さん。コミュニティ・カフェで働いていたこと、そこでのイヴェントの延長線上として始まったCafe OTOにとって、演奏用のステージを設けなかったことや、昼は食事を提供するカフェとして営業することなどは、至極当然の発想であったのかもしれない。しかし一見何気なく見えるそれらの意思決定の裏には、音楽やパフォーマンスとはキラキラとして気負い込んだ非日常にあるのではなく、食べる、飲む、人と会う、といった日々の営みと等価にあるべきである、といったような気骨のある姿勢を垣間見ることができる。12年前、彼らが慎ましやかに提示したそれらの価値観は、その後のロンドンの音楽シーンを大きく再編成し、独特な吸引力を持って世界中のアーティストを惹き付けた。そうしてたくさんの人々が集える居場所を確立した彼らが見据えている先にあるのは、さらに拡大していくというビジネス・モデルではおそらくない。数年前、偶然出くわしたヘイミッシュさんが、「変わらないようにすることの難しさ」について語ってくれたことを思いだす。加速する変化を前に、変わらないようにすること。今までのように生身の人間が集まって、今までのように何かを共有する場をどのように維持するか、Cafe OTOの挑戦は続いている。
松﨑友哉
5.20.2020 / London
山本景子
1979年、千葉県生まれ。ロンドンのChelsea College of Arts and Design 卒業、Slade School of Fine Art中退後、2008年に Cafe OTOを立ち上げる。近年ではデヴォン州にあるAller Park Studiosの設立に携わる傍ら、中島吏英さんとのデュオ・ユニットである O YAMA Oの一員として活動をしている。現在はDavid Cunningham(元 The Flying Lizards)プロデュースによるO YAMA Oのセカンド・アルバムを製作中である。
Cafe OTO: https://www.cafeoto.co.uk/
TakuRoku: https://www.cafeoto.co.uk/downloads/
O YAMA O: https://oyamao.bandcamp.com/album/o-yama-o-4 Aller Park Studios: https://allerparkstudios.art/
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