New Rules, New Normal_01 松﨑友哉

案の定、急に地下鉄の本数を減らしたせいで満員電車になってしまったし、週末は春の陽気に誘われた人々がフラワーマーケットに出かけてしまった、かと思いきや、それ軍事用っすか、というようなハイスペックなガスマスクをした人が通勤していたりと、自由ってやっぱり良いな、などとわたしは思うのだが、国民の大半に事態の深刻さが浸透するまでに数日を要したものの、その後思っていたよりも早く人々は新しいルールに順応した生活を始めた。

近所のほとんどの店はシャッターを下ろし、人と車の通りは極端に少ない。道ばたでたまにすれ違う人々も避けるようにお互いに距離をとる、これは相手を気遣った新しいマナーである。スーパーの入店には人数制限が設けられ、ドアの前で人々は2メートルの間隔をあけて列をつくる。しかし列に並んで入店してはみたものの、買いたい食品や日用品があるとは限らない。しかしそこでふと思う、買いたいものがいつでも手に入る世界の方が実は異常だったのではないかと。

不要な外出と人との接触は禁止されてはいるが、外で一日一度の適度な運動は推奨されているため公園で身体を動かしている人は割と多い。しかしすべての人がそれぞれ最短でも2メートルの間隔をあけているものだから、どこか不自然で、何だか映画のエキストラの人たちが自分の出番を待っているかのようである。

ほとんどすべての人が建物の中に待機し、日に日に増える数字と不気味で静かな窓の外を眺めて暮らしている。これほどまでに止まってしまった世界をわたしは今までに経験した事がない。早くまた元の普通の生活に戻ると良いね、とメールで友人は言うが、おそらく事態が収束しても以前と同じには戻らない。世界のありようはいま劇的に変わりつつある。

‘… how can the environment change the very nature of what I do? … how context shapes content (文脈が内容を形作る)’
– Rodney Mullen

私達の新しい普通の生活は、新しい世界のルールによってこれからうまれてくるのだ。

松﨑友哉
3.29.2020/London