ロンドンのMomosan Shop、水谷桃子さんインタビュー(後編)

ロンドンの東に位置するHackney Central駅から南へ徒歩8分、Wilton Wayという小さな通りに佇むクラフト雑貨のお店、その名もMomosan Shop(モモさんショップ)。オーナーである水谷桃子さんご自身が世界各地の工芸家と会話を重ね集められた、他ではあまり見かけることのないような暖かみのある一点物の雑貨や道具類などが陳列されている。
2011年に家具職人の知人が使っていたスタジオの一角を2x4mほど間借りして始まったというMomosan Shopは、その後徐々に人々のあいだで評判を呼び、2014年にはサーペンタイン・ギャラリーのショップ・スペースで半年のあいだ自身のコーナーを持ち、2018年にはテート・モダンの館内にできたTate Edit(テート・エディット)という新たなミュージアム・ショップのプロジェクトに 抜擢され、ジャスパー・モリソンやマーガレット・ハウエルに並んで1年間キュレーションを務めた。
クラフト雑貨を扱うお店でありながらロンドンのアート・シーンと深く関わりを持ち続けてきた Momosan Shop は、ロンドンでは一目置かれるセレクト・ショップとして異彩を放っている。
そんな水谷さんにこれまでのご自身の活動を振り返っていただきながら、コロナ禍を経て変わっていく社会との関わりをどのように感じられているのか、近況を伺ってみた。

前篇に続き、後篇をお届けします。

インタビュー:松﨑友哉

4. 自分の空間ではないところにあるもの

松﨑 (以下TM) TM: 「2020年3月のロックダウン以降、ご自身の生活や仕事に様々な変化があったのではないかと思いますが?」

水谷 (以下MM) MM: 「Momosan Shopは実店舗での売り上げの方が普段はメインだったので、全体的なロスは大きかったですけど、幸いネット・ショップでの売り上げがそこそこあったので、1回目のロックダウンは切り抜けました。ただ、11月の2回めのロックダウンは、こんなに長期化するという心の準備もなくやってきましたし、焦りもでてきて、日々ただゆっくりと過ごしている場合じゃないなと(笑)。どうしても一点物や割れ物が多いし、実際に手にとって見てもらった方がいいのは確実ですから、実店舗の方を優先していましたけど、でもそちらの売り上げが数ヶ月ものあいだゼロになって、ビジネスにおけるオンラインの必要性は明確になりましたね。」

TM: 「こうした状況を経て Momosan Shopのようなセレクト・ショップの有り様は変わっていくと思いますか?
例えばネット販売に重点を置くお店が増えて、実店舗をもたないことが主流になるといったような。」

MM: 「量産物を売るなら店舗自体がなくても良いのかもしれないですけど、うちみたいに一点物を扱っている店としては、ディスプレイをちょっと変えるだけでそのものの見方が変わったり、人の反応も変わるということを知っているから、ウェブ・サイトに作家さんのページを作ってそうしたストーリーやインタビュー動画を載せたりといったことはできると思うけど、それだけでは足りないのではないかと思っています。その説明文が実際にどれほど読まれているかも分からないですし、こちらとしても受け手の反応が見られないですから。

実際の会話ってその場の雰囲気でどんどん広がっていきますよね。オンラインってこちらから一方的に投げかけることはできても、キャッチボールではないから、私の得意とする人との会話がないわけで、それではやはりちょっと失礼な話ですがつまらないというのはあります。」

TM: 「商品のこと以外に実店舗では例えばどういったやりとりをされているのですか?」

MM: 「うちのお店にきてくれたお客さんからは香りについてのコメントが多くて、これは何の香り?ってよく聞かれるんです。でもそれは一つのものからではなくてお店に置いてある色々なものから香ってくるもので。そうしたショッピング・エクスペリエンスって、ただクリックして箱が届いて、っていうのとは違うと思うんです。自分の空間とは違う場所にあるものの中から一つ自分の生活空間に持ち帰るみたいな感覚って、オンライン・ショッピングでは味わえないことの一つですから。」

Tate Editのウィンドウ : Jochen Holzのガラス・ジャグ

5. 時間をかけること

TM: 「近年 Amazon などの大手のオンライン・ショップをボイコットしたり、ローカルの個人経営のお店や農家さんから直接買ってそうしたコミュニティを支えよう、といったような買い手が売り手を選ぶという動きが見られるようになってきています。そうした中でご自身のお店の役割について何か思われることはありますか?」

MM: 「今の時代は作家さんとお客さんの距離も近いですから、その商品自体が欲しいだけだったら直接その作家さんに問い合わせて買えると思うんです。だからその間に入るお店の存在意義をわたしも考えたことがあって。

すべてにおいて言えることかもしれないですけど、時間をかけるっていうのも大切だなって最近は思います。今は色んなプラットフォームもあるからすぐに誰でもものの販売を始められますし、そういうふうにすべての人に開けているのってすごく良いことだと思うんですけど、でも人ってたくさんの失敗や経験をしてだんだん成長していくものだから、一つひとつステップを踏んでやっていくというのも大事なことではないかと思います。今の世界では結論に至るまでが早い。お客さんもオンラインだとすぐ答えを求めるので、そういう社会はなんだか、危ういし、苦しいなと。

そしてその結論を急ぐ、ってあらゆる面で影響を与えていると思っていて。買い手が早くほしい、ってお店にプレッシャーをかけたからって、お店側も作り手にプレッシャーを与えていくと、そんな作品のつくり方はつまらないし、急かされて作られるものじゃないと思うんです。そういうところはお店側として、惑わされずに作家さんのリズムを守りながら、お客さんに分かってもらうようにする、っていう役割もこちらにはありますね。

それにお客さんに販売するっていうのも、例えばオンラインでの販売だと、お互いの顔が見えないのをいいことに、結構乱暴な質問がきたりもするんです。その時は、なぜこの商品をこの値段で売っているのかなんてことも自信を持って一つひとつ丁寧に説明したりするわけですけど、実はそういうふうに対応したりするのって結構時間や労力がかかる作業で、それなりの経験とスキルがないとなかなかうまくいかないもので。作家さんに作品をつくることに集中してもらうためにも、わたしたちのようなお店が間に存在するんだと思っていて、お店の価値ってそういうことでもあると思います。」

現在のMomosan Shop (2014 - ) , Ollie Horne for Cereal City Guide

6. 仕事の醍醐味

TM: 「水谷さんにとって今のお仕事の魅力とは何でしょう?」

MM: 「人との繋がりですかね。作家さんやお客さんから学ぶことも多いですし、そういう人達がお友達になることもあります。いま振り返ると本当に人との繋がりに助けられてきたなと思います。今まで色んな仕事をしてきましたけど、サバイバルはまた別の話ですから、何でも積み重ねで、色んな経験を積んできたことはすべて繋がっていると思います。学生時代のインターンの経験だとか、もちろんカフェで働いたこととか、無駄なことはひとつもなかったなと。そういうことを考えると、お店と自分の人生をかけ離すことは難しいかもしれないですね。わたしがこの仕事の醍醐味だと思っているのはやっぱりフィジカルにできるところで、人が繋がれる感覚とか、そういった場所を作りたくて始めているわけですから。本当はできることならMomosan Shopにカフェも隣接させて、わたしがお茶を入れる係になって、そこに一人でいるお客さんとずっとおしゃべりをしていたいんです(笑)。」

TM: 「最後に、水谷さんから次世代の若者に向けて何かひと言ありますか?」

MM: 「自身のコンフォート・ゾーン(居心地の良い場所)から出て一度自分に課してみる、っていうのはすごく必要なことなのかもしれないですね。みんながみんなに留学が合うとは全然思わないし、それが答えだともいっさい思わないですけど、海外でなくても隣の県で暮らしてみるとか、一歩外に出ることで見える世界って全然違いますし、新しい場所では自分の力が試されますから。」

水谷さんが抜擢され1年間キュレーションを務めた、テート・モダンにある「Tate Editミュージアム・ショップ」(2018)

あとがき

水谷さんが語ってくれたたくさんのお話の中にわたしの好きなエピソードがひとつある。それは、子供の頃パン屋の前で催されていたドーナツの実演販売が大好きで、人見知りをしない彼女はそこでひとりじっと調理の工程を眺めながら、周りにいる見知らぬ大人にたくさんの質問を投げかけていた、というものである。鮮やかな手つきで次々と出来上がってくる穴のあいた不思議な食べ物を前に、その背後にある秘密を探ろうとあらゆる角度から観察、分析、質問するその態度は現在の Momosan Shopの根幹をなすものと変わりはない。

英語と日本語を交えながらお話をする水谷さんは実に楽しそうである。日々の暮らしに立ちはだかるどうしようもない不可避の事象に拘泥して困憊している様子はなく、語り口は明るく至って軽快である。しかし同時に彼女の振る舞いにはそこはかとない気概が伺える。それは何と言うか、純粋で無垢なひたむきさであったり、夢に向かって突っ走るといったような盲目的な性質のものではない。しかし目の前で今まさに起こっている出来事と積極的に関わりを持っていこうとするような、即興的な身のこなしから発せられる何かである。

『なんだかこういう風に話すと、成り行きでただ運が良かった人みたいに思われるかもしれないけど』、と水谷さんは言う。しかし成り行きとはつまり予定調和ではないということであり、常に変化の様子を観察しながら思考してきたということである。15歳で単身渡英を決意し自身のコンフォート・ゾーンから抜け出した彼女は、連続する『いま』と向き合いながらその都度思考停止に陥ることなく、何よりもリスクを負って判断し決断をしてきた人である。彼女の楽観的な振る舞いの中にも毅然としたものが垣間みられるのは、おそらくそうした日常のあらゆるハードな局面にも覚悟を持って対応し、いなしてきたからなのであろう。成り行きとは実はそれほど呑気で気まぐれなものではないのである。
松﨑友哉
1.30.2021 / London

水谷桃子
1980年、千葉県生まれ。15 歳で単身渡英。現地の高校で4年間を過ごす。基礎英語のみの英語力で無謀な留学ではあったが、日本の友達から送られてくる手紙や邦楽のカセットテープに励まされながら、日本人皆無な田舎で多感な10代後半を過ごす。のち、ロンドンのCentral Saint Martins College of Arts and Designを卒業。いくつかの仕事を経て、2011年にMomosan Shopを立ち上げる。近年では夫と二人の子供と慌ただしい毎日を過ごし、皺が一気に増えたことが悩み。

Momosan Shop: https://momosanshop.com/