「Youth(仮)」 展覧会レビュー 石川嵩絋

「Youth(仮)」は5名の作家によるグループ展である。原案は奈良美智で、自身も参加作家として名を連ねる。他の参加作家は中原正夫、上村洋一、谷口正造、ナタリー・ホーバーグ。奈良以外は、若手や名の知られていない作家たちである。彼らは既存のシステムにとらわれず、自らの感性に従い作品を制作している点で共通している。タイトルの通り、青春の持つ多様な想像力が展覧会のテーマとなっている。

また、本展に合わせて『疾駆 ZINE 第1号 Youth』も出版された。小説家、アーティスト、キュレーター、現役高校生、ギャラリスト、事務職など性別や年代を超えた15名の仲間がそれぞれにとっての“Youth”を語っている。(ちなみに私も寄稿させていただいた。)このZINEは上記展覧会のコンセプトブックの側面もあるので、本テキストをお読みの方も是非チェックいただきたい。

どのような展覧会なのか会場構成に触れておこう。まず目にするのは、ギャラリーのウィンドウにある奈良美智の新作ペインティングだ。眼帯をした人物のポートレートで、色合いやタッチもずいぶんとみずみずしい。奈良のペインティングが、この規模のギャラリーで展示されるのはしばらくぶりとなる。近年、奈良は明確に現代アートのマーケットと距離を置いており、日本のコマーシャルギャラリーでの発表を取りやめている。(本展でも作品はすべて非買品である。)もう一方のウィンドウには中原正夫のペインティングが展示されている。中原はドイツでアカデミックな教育を受けているが、画家としては長いブランクがあり、キャリアは新人に近い。六本木という日本のアートギャラリー中心地で、アマチュア作家を含んだ本展を開催することは、肥大化する現代アートシーンに対する抵抗のようにも思える。

スペース正面に広がる奈良の壁画は、近年参加を続ける「飛生芸術祭」で描いたものを北海道から持ち込んだ。奈良の壁画の上に出品作家たちのドローイングが群がり、一つのインスタレーションのように展開される。誰のドローイングなのか一見して判別できないほど密集し、足元にも立体作品や映像を流すディスプレイが横たわっている。表現方法やメディウムもばらばらで混沌としているが、不思議と居心地は悪くない。友人の部屋に遊びに行った時のふわふわした感じとでもいうべきか…部屋には住人のプライベートな部分が曝されているので、訪問者はどこを眺めればわからず緊張する。「Youth(仮)」の空間も、作家の曝け出した「何か」が充満している気がする。

この群生的な展示方法は、作品同士を分断する「作品性(作家性)」という境界を曖昧にし、未分化された状態へと還元する。それによって、個々の作品やそこに含まれる感情は一つの群れとなる。うねるように混ざりあった感情やエネルギーは、青春時代の衝動を思い出す。奈良は過去にも自身で作家を集めてグループ展を開催しているが、それらに比べても本展は作品全体で一つのテーマを表現しようとする意図が強い。多様な作品が示すように、本展に参加する作家は各々まったく異なる背景を持っている。

中原正夫は奈良と同じ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学んでいた先輩にあたる。渡独直後の奈良が出会い、入学試験用の作品を制作する場所を提供してくれたそうだ。中原はアカデミー卒業後、作家活動を一時休止し、翻訳などの仕事をしながらデュッセルドルフで家庭を築く。私的な思い出をテーマにした作品《ゆなの絵日記》がきっかけとなり創作への意欲を取り戻す。現在はインスタグラム(@masao.nakahara)で作品を公開している。本展では2020年前後に制作した新作油彩画と石膏による立体作品を発表しており、初期の奈良の作品を彷彿とさせる無垢な表現が目を引く。インスタグラムに公開された過去作品を見る限り、80年代半ばの作品はバゼリッツら新表現主義の影響が色濃い。その時代から2021年にタイムスリップしたような作品だ。中原が昨今の現代アートのトレンドに関心がなく、絵を描くことにひたむきな姿勢が作品から伝わってくる。奈良は中原と長年連絡を取っていなかったが、インスタグラムで作品を見つけたことがきっかけとなり参加を依頼した。

入口付近の6点のドローイングは上村洋一による作品である。上村は1982年生まれで、20代の頃に大病を患うが後に寛解。2010年に東京芸術大学大学院美術研究科を修了し、現在は美術館のグループ展にも参加するなど活動の幅を広げている。在学中は油彩画を制作する傍ら、バンド活動を積極的に行う。東日本大震災後に美術への関心を失いつつあったが、その後「音」を作品の中へ取入れ、フィールドレコーディングの手法による作品を発表。オホーツク海の流氷がぶつかり、崩れゆく音を素材としながら、環境問題や人間社会へ言及するサウンドインスタレーションを制作する。その時々に自己が直面している状況へ向き合い、生み出される作品は強い意志に貫かれている。心象風景を描き出した新作ドローイングは、ひんやりとした佇まいをしている。この朧げな風景も青春の一面であることに変わりない。本展において上村以外の作家の出品作はどこか粗削りで不揃いなのだが、上村の作品はそれらと比べて現代アート的な洗練がある。カオティックに浮遊する空間の中で、ここが六本木のアートギャラリーなのだと鑑賞者を現実に引き戻す。

本展で重要な役割を果たしているのは谷口正造の作品だろう。1990年生まれの谷口は、美術大学を卒業しておらず、東京でインディペンデントな活動を続けている。奈良とは2014年のFOIL AWARDで出会い、今も交流が続いている。大量に展示されたドローイングとダンボールで作った立体作品は会場でも存在感を放っている。ドローイングは奈良の影響が色濃く、ノートの切れ端などに人物、動物、言葉を描き込む。ダンボールの立体は、美術というより工作的であり、自由で伸びやかな造形が特徴だ。とりわけマーシャルのギターアンプの立体作品が印象的だった。私は幼少期の図画工作の時間が大好きで、何かを無心に作っていた。工作することに理由などなく、とにかく手を動かすことが楽しかった。少し歪んだダンボールのアンプは、その純粋な気持ちを思い出させてくれる。現代アートというフィルターではとらえ切れない、創作行為の根源的な部分がこの作品にはある。「パンクで例えるなら、ドクターマーチンやレザージャケットが欲しくても手にすることのできない若者が、模造品や合皮のジャケットを自分なりに着こなす姿に本物のスピリットがあり、それがYouthなのだ」という奈良の言葉が、このマーシャルのアンプにはぴったり来る。自分自身の表現を獲得するために、美術という長く曲がりくねった道を歩み続ける谷口の作品は、まさにYouthを象徴しているように思う。

ナタリー・ホーバーグは日本ではまったく無名な作家だ。それもそのはずで、なんとアメリカの現役高校生である。2003年生まれのナタリーは、数年前に奈良にインスタグラムで声をかけた。クリエイティブな家庭環境の中でナタリーは作品を制作するようになり、既にWoodstock Art Association and Museum で個展を開催している。表現方法はドローイングが中心だが、立体、写真、映像、詩と多岐に渡る。本展では壁面に広がるドローイングを中心に、樹脂粘土の小さなオブジェなど様々なタイプの作品を発表している。ナタリーの魅力は、美術の形式に規定されないアマチュア的自由さにある。これまで販売した作品も、友人たちに安価で譲っているのだという。マーケットやコンテクストという「答え」から逆算した作品は退屈でしかないが、ナタリーの作品にはそういった鬱陶しさがなくすがすがしい。

ナタリーの作品に顕著だが、アマチュア性はこの展覧会の重要なテーマの一つだろう。そもそもアマチュアとは何だろうか?日常的にプロフェッショナルの反対語としてアマチュアを使っているが、“amateur”(アマチュア)という英語は「愛する人」という意味を持つラテン語“amator”(アマートル)が語源である。本展の出品作品の多くには、美術や創作行為、日常生活を通じて発見した「愛」が表現されているように思う。頭でっかちに美術を見ることを訓練されてしまった私たちにとって、素直で不器用な愛が心に響く。

この展覧会の本質は、実のところ「Youth(仮)」の(仮)に込められているのかもしれない。(仮)は、企画段階で付けられていたものが最後まで外れず、正式タイトルとなった。一度は外すことも検討されたようだが、そのまま残ったことには意味がある。自分たちの青春が現在進行形なのか、もう終わったことなのか…肉体の老いを感じながらも、終わったと断じたくない思いが交錯する。まだ自分はYouthの道程にいると信じたい。だからこそ(仮)なのだ。

最後に、小説家の滝口悠生がZINEに寄稿したテキストを引用して締めくくりたいと思う。「Youth」とは何かを端的に表現している。

「私がなにかについて語るとき、その対象はなにごとも常に既に過去にあり、だから私が私の現実について語る方法はいつでも過去形になる。私の言葉が私の現在に追いつくことは不可能で、その不可能に永遠がある。(中略) 過去形は今を削ぐ。そう思っていたときがたしかにあった。若さゆえの間違いだったとそれを断ずることはほとんど正しいだろう。しかしそこにわずかな疑いが生じないというのもまた偽りだ。自分は現在形で語れなくなっただけなのではないか? という疑いからは永遠に逃れることができない。」

石川嵩絋


「Youth(仮)」
会場: Yutaka Kikutake Gallery
会期: 2021年4月10日(土) – 5月15日(土) 
営業日時: 12:00- 18:00 *日・月・祝日休廊

疾駆ZINE “YOUTH”
<予約販売> 発送は4/21以降を予定しております。
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