ロンドンのMomosan Shop、水谷桃子さんインタビュー(前編)

現在のMomosan Shop (2014 - )と水谷桃子さん Photo: Kota Kobayashi

ロンドンの東に位置するHackney Central駅から南へ徒歩8分、Wilton Wayという小さな通りに佇むク ラフト雑貨のお店、その名もMomosan Shop(モモさんショップ)。オーナーである水谷桃子さんご自身が世界各地の工芸家と会話を重ね集められた、他ではあまり見かけることのないような暖かみのある一点物の雑貨や道具類などが陳列されている。
2011年に家具職人の知人が使っていたスタジオの一角を2 x 4mほど間借りして始まったというMomosan Shop は、その後徐々に人々のあいだで評判を呼び、2014年にはサーペンタイン・ギャラリーのショップ・スペースで半年のあいだ自身のコーナーを持ち、2018年にはテート・モダンの館内にできたTate Edit(テート・エディット)という新たなミュージアム・ショップのプロジェクトに抜擢され、ジャスパー・モリソンやマーガレット・ハウエルに並んで1年間キュレーションを務めた。
クラフト雑貨を扱うお店でありながらロンドンのアート・シーンと深く関わりを持ち続けてきたMomosan Shopは、ロンドンでは一目置かれるセレクト・ショップとして異彩を放っている。
そんな水谷さんにこれまでのご自身の活動を振り返っていただきながら、コロナ禍を経て変わっていく社会との関わりをどのように感じられているのか、近況を伺ってみた。
インタビュー:松﨑友哉

1.重要な決断

松﨑(以下TM): 「水谷さんご自身は15歳から単身渡英されて、その後セントラル・セイント・マーティンス・カレッジで大学院を卒業されたそうですが、ご自身でお店を持つということは当時から目標として考えていたことなのですか?」

水谷(以下MM): 「10代からイギリスにいて、20代で大学を出たら日本に帰る計画だったんです。だから卒業する少し前に日本に長期で帰って就職活動したんですよ。それで日本で内定ももらって内定式まで出席してるんです。」

TM: 「驚きました。そうしたことを考えた時期が水谷さんにもあったのですね。今の雰囲気からは想像しにくいところがあります、もちろん良い意味でということですけど。」

MM: 「それで次の年の4月から入社するから、あと最後の1年だって思って入社式の後すぐにロンドンに 戻ってきました。その時は他に何かをする予定はないけど時間だけはあって、でも生活費は稼がなきゃいけないから、取り敢えずと思って Leila’s Shop(ライラズ・ショップ)(※)というカフェで働きだしたんです。それが2007年かな。」

TM: 「Leila’s Shopは現在でもたくさんのクリエーターや地元の人から愛されるカフェとして人気ですが、そこで働きだす前からこのカフェに何か特別な感情などはあったのでしょうか?」

MM: 「当時近所に住んでいたんですけど、Leila’s Shopのことはよく知らなくて。いつもここは何なんだろうとは思っていたんです、ちょっと他とは様相が違うし。それである日、ずっと外からお店の中をのぞいていたら女の人が出てきて話しかけてくれて、そこで少し彼女と立ち話をしていたら、今スタッフを探してるんだけど興味ある?って聞かれて、それがきっかけで働くことになったんです。そしたらそこでの出会いがどんどん広がっていって、だからある意味今の基盤はそこの一歩から始まっていると言えるのかもしれないです。」

TM: 「なるほど。そう考えてみるとMomosan ShopはLeila’s Shopと似た雰囲気を持っている気がします。」

MM: 「Leila’s Shopは当時から東ロンドンのコミュニティのハブのような場所でもありましたし、お客さんも携わる人も何かしら自分でやっている人たちが多くてそれは刺激的な場所でした。オーナーのライラさんはわたしより年上で難しい人でもありますが、彼女の根本にある考え方やモットーのようなもの、強さなどは、わたしのその後に決定的に影響を与えましたね。 」

TM: 「例えば具体的にどのようなことに影響されたのでしょうか?」

MM: 「彼女は人からどう見られるかとか関係ないんですよね、たぶん。すごい理不尽だし、自分の価値基準で何もかも決めるから。例えば、カフェなのにコーヒーをテイク・アウェイできないのは無駄なゴミを出したくないっていう彼女の環境への配慮からなんですけど、紙袋とかショッピング・バッグとかもないんですよね。うちに買い物に来るなら自分で持ってきてねって、そういうスタンスを曲げない精神。お客さんに媚を売らない、良いも悪いも含めて。でもそれがこの店の価値なんだなって思うんです。それにライラさんは地域のコミュニティづくりにすごい力を入れている人だから、そこの土地の歴史とかにも詳しくて、お店の前にある広場を復興してそこをみんなが使えるスペースにしたいっていうビジョンを持っていたり、そのためにずっと熱心な活動をしていて、そうしたことに意識を向けるということにも影響を受けましたね。」

TM: 「Leila’s Shopとの出会いが日本の会社への就職を辞めるきっかけとなったと。」

MM: 「カフェで働きながらそうした様々な人達を目にしていて、なんて良いコミュニティなんだろうって。そうしているうちに、そこで仲良くなったマティーノ・ガンパーの元でプロジェクトの手伝いをすることになって、そうしたらどんどん楽しくなっちゃって。それで思い切って日本の会社の内定を蹴ることにしたんです。ここで帰ったら中途半端だな。ようやく動き出した感じがするのにまだ何も身になってないな、まだ日本には帰れないなと思ってしまったんです。内定をくださった会社には本当にご迷惑をおかけしましたが、これはわたしの人生において重要な決断の一つだったと今は思います。」

2. 夢を夢のように

TM: 「自身のお店を持ちたいと考えだしたのはいつ頃ですか?」

MM: 「Leila’s Shopで働きだした頃から自分も何かしらのスペースを持って人が集える場所、お店をやりたいなとふわーっと思い始めていて。そのためにはまず経営について勉強した方がいいなと思っていたら、たまたまカフェの数件隣のファッション・アクセサリー・ショップのアリー・カペリーノ(Ally Capellino)でスタッフを募集をしていたので応募しました。その後リテール・マネージャーとして雇われることになって、そこで結局 4 年近く働くことになるのですが、大きな改装に携わったり、シーズンごとの店舗デザインやクリエイティブなことにも口出しさせてもらいながら、リテールの基本を学ぶことができて、そこでの経験は全て本当に貴重でした。」

TM: 「4年ものあいだそれほど深く関わったお仕事を辞めることに躊躇する気持ちはありませんでしたか?」

MM: 「その時に付き合っていた彼に、君は夢をずっと夢のように語ってるけどいつやるの?って言われたんです。わたしも29という年齢で焦りがあったのと、アリーさんのところで学べることは全部学んでもう一周してしまった気がしたので、辞めるタイミングを失ってしまう前に、と思って辞表を出しました。でもよく次のことも決まっていないのに辞めたと思います。そのおかげで半年ぐらいは貯金を崩しながらの生活を強いられるのですが、若い上に無謀でしたけど、その勢いも必要だったとは思います。」

知人のスタジオの一角を間借りして始まったというオープン当初のMomosan-Shop

3. もののストーリー

TM: 「2011年に Momosan Shop は東ロンドンの Shoreditch(ショーディッチ)界隈にオープンしましたが、そのあたりの経緯を教えてください。」

MM: 「家具職人の友人に、アリー・カペリーノの仕事をやめたからお店を始めようと思ってる、ということを話したら、わたしの夢を買ってくれて、彼がやっていたヴィンテージ家具販売の手伝いをしてくれたら、スタジオの一角をお店のスペースとしてタダでかしてあげるよって言ってくれたんです。そうじゃなかったらお金もなかったし始められなかったと思います。
すごく小さいスペースに30点くらいしかない商品を並べて、今思えばあれでよくお店と言えたなと思いますが、カウンターがあって商品さえ棚に並べば人はお店と信じてくれるんですね(笑)。」

TM: 「実は僕も当時噂を聞いてお店に行ったことがあるんです。でも多分その日は閉まっていたんだと思うんですけど、入り口を見つけられなかったんですよね(笑)。」

MM: 「日本では路地の奥にもお店とかありますけど、こっちでは見えないところにあるお店ってあまりないですものね。そうやって興味を持ってくれて、のぞいてくれるお客さんがちらほらいて。わたしは大学院でストーリー・テリング(物語性)を使ってどうクリエイティブな環境を創るか、ということを学んだので、商品や作家さんの背景にあるストーリーをお客さんにどれだけうまく伝えられるか、ということを重要視していました。だからそのお店に置いた商品はとにかくどれもこれも思い入れやストーリーがあるものばかりで、入ってきてくれたお客さんとは大体30分以上は話していたと思います。」

TM: 「当時取り扱っていた商品やそのストーリーはどういったものがあったのでしょうか?」

MM: 「例えばロンドンに住んでいて料理してる時に日本酒がなかったら白ワインでいいや、みたいなことってあるじゃないですか。そうした制約がある中での工夫、みたいなことについて興味があって、例えばエーブルスキワっていうデンマークのパンケーキを焼くフライパンがあるんですけど、それはたこ焼き機と類似していて、他にも違う国で似たような専門道具があるんですよ。デンマークのそれを他のレシピと一緒に売ることで、ひとつのものを作るための道具でたくさんの文化が味わえる、っていうことを提案したり。あとはちょっとした生活の知恵として役立つもの、 例えば洗濯板とか、そうした道具で異文化にある古き良き習慣を紹介したり、そういうことをやっていました。」

A-Ball-Full-of-Surprise
デンマークのエーブルスキワを焼くフライパン

TM: 「すでに存在するものを違った角度から眺めてみるという発想は、異文化に身を置いて生活していると特に意識できることなのかもしれませんね。」

MM: 「それぞれの文化にある道具やものの背景をリサーチしていくと、長い歴史の中で異文化同士がシェアしているデザインであるとか、他の土地から伝わってくる過程で変化してできたものというのは世界各地にたくさんあって、そうした背後にあるストーリーに焦点を当てるのはおもしろいと思っていました。」

TM: 「現在でも新しい商品を取り扱う前には同じようなリサーチはされているのでしょうか?」

MM: 「今はどちらかというと作家さん自体に興味が向いてきていて、始めの頃とは変わってきているかもしれません。でも作家さんと向き合って話を聞いていると、そうしたコンセプトも内包していますから、はっきりとわたしが文脈付けをしなくても、そうしたことに興味があるわたしが選んだら自然と作品に付随しているものなんです。」

(後編へつづく)

(※) 東ロンドンにあるカフェ。店内ではこだわりの食材なども販売している。
Leila’s Shop: https://www.leilasshop.co.uk/
Leila McAlister: https://thegentlewoman.co.uk/library/leila-mcalister
Momosan Shop: https://momosanshop.com/