Gold repoussé mask, Peru, Chan-Chan, Chimú culture, (1100 – 1500)
ロックダウン4週間目。
4月15日、大量の医療用マスクを輸送する箱から良質なコカイン14kg、約1億ポンド相当(1億3500万円)が見つかったという記事がイヴニングスタンダード紙に出ていて、わたしは思わず吹いた。間違っている、不謹慎である、そのしたたかさや行動力をもっと良いことに使えばいいのに、半分あきれながらも人間のたくましさというか、業の深さのようなものが豪快に表れていて、つい笑ってしまった。
4月16日、イギリス政府は、少なくともあと3週間の隔離政策の延長、ピークを迎えるのに3ヶ月は掛かるのではないか、という見通しを発表した。今では隔離される前の世界が遠い昔のことのようであり、トンネルの向こうには以前のような世界は広がっていないということは、もはや人々の共通認識となった。
相変わらず恐いくらいに天気が良い。コロナも然ることながら最近は花粉の襲来も受け、目に見えない二重の脅威におののいている。近所のパブが食料品の販売を開始した。鮮度、価格、品揃えとどれをとっても大手のスーパーには劣ってしまう。しかし主体性のある行動に賛する意味で茎ブロッコリー、トマト、ビールを購入。妻は最近ことあるごとに、政治家を揶揄するだけではなく自分でも動け、今がクリエイティブになれるチャンスではないか、と言っている。確かに自分には一体何が必要で、重要で、優先したいのか、物事の優劣を再編成するきっかけになるかもしれない。飲み屋に野菜が売っていても良いではないか。
Edvard Munch (エドヴァルド・ムンク), Self-Portrait with the Spanish Flu (1919)
アートの難しいところは生活の安定のための制作、活動ができないという点にある。もっと言うとアートは職業ではない。わたしの社会的立場はセルフ・エンプロイド(個人事業主)であり、そのため今回の隔離によって休業を余儀なくされた者として、政府からの給付金、過去3年間の平均月収の80%を受け取る資格がある。まだ受け取ってはいないが詳細によると6月からの支給であるという。今までも様々な局面を何とか運良く乗り越えてはきたが、もし給付金を受けられない立場であったなら、背に腹は代えられぬということでリスクの高い仕事でも受けていたに違いない。わたしは偶然いまをこの状態で生きている。
新しい外来文化の受け入れに対して非常に保守的なイギリスでは、普段からマスクをするなどという習慣はもちろんなく、わたしの周りの人間も極力着用することを避けていたようだが、妻がマスクの制作を始めたということを聞きつけた何人かの同僚が布マスクの注文をしてきた。今後人々は靴下を買うようにマスクも買うようになるのだろうか。
Robinet Testard (ロビネ・テスタール), Snail Houses (1480-1485)
人といることでしか得られなかった情報や経験はネットでは拾えない。偶然と遭遇しない日常は世界を狭くする。わたしのようにあまり社交的とは言えない人間でも、以前は職場などで何気なくかわされる会話や振る舞いによって、他者との現実の擦り合わせが無意識にできていたのだという事に気がつく。隔離政策が解除されたあともソーシャルディスタンシングは新しい習慣として当分残るだろう。人と滅多に会えず、他者とフィジカルな交流ができなくなると、現実に対する認識が世帯ごとに個別化してしまうのではないかと訝る。
ロックダウン以降、オンラインエキシビジョンやその他のアート関連のイベントが各地で反射的に始まった。しかしそれらによって確信したことは、ものと対峙するという行為はスクリーンで視聴するということでは補えない、ということである。ロックダウンが解除された暁には、眼前するというフィジカルな体験の価値が見直されているかもしれない。
妻の布マスクプロジェクトには相変わらず多数の注文が入り、体力が続く限りミシンのアクセル全開で対応している。先週はマスクの材料であるゴムひもが、国内外どこの業者に問い合わせても軒並み品切れだったらしい。世界中で今までにないくらい人々がマスクを作っている。最近妻は江戸落語を聞きながら制作しているようで、どうもしゃべり方がべらんめえ口調になってきた。マグカップのことを湯呑みといってみたり、わたしのことをおまえさんと呼んだりしている。このままでは我が家だけ江戸言葉で会話をする事が当たり前となってしまう。隔離された社会では、外部との意識的なリアリティーチェックがやはり必要のようである。
松﨑友哉
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