(上)Paul Nash ‘We are making a new world’ 1918年 © IWM (Art.IWM ART 1146)
作家を作家たらしめる為には作品をつくり発表しなくてはならないのだが、それをするには制作時間を確保する必要があって、作品の善し悪しを問う前に、考えるヒマ、作るヒマ、をどう生活の中から捻出し、活動を持続するか、という問題に取り組まなければならない。衣食住+制作時間における絶妙なバランス、黄金比を見出すべく、今までに培ってきた知識、技術、ネットワークをフル活用し作家は日々奮闘する。時間をつくること、それはすべての作家が長年取り組んできた大きな課題でもあった。
自宅から自転車で一時間ほどのところにわたしはスタジオを借りていて、ロックダウンが発令した後も時々出かけることにしている。もちろんドアからドアまで誰とも会わず、どこにも寄らず、ドアノブなどやむを得ず触れなくてはならないおりも消毒液を使うなどして細心の注意を払って対処している。
昨日も思うところがあってスタジオに出かけてみたものの、どうも気が乗らない、せっかく来たのに。普段はスタジオに入って戸を閉めるや否や気持ちが切り替わって作業に取りかかれるのだが。たぶんまだ新しい生活のリズムに慣れていないからだろう。仕方がないから目の前のできること、片付けと掃除をしてまた一時間の道のりをあえなく帰宅。
だんだんと日にちと曜日の感覚がなくなってきた、多分みんなもそう、ロックダウン二週目突入。この週の中盤あたりから徐々にあることに気がつきだした。目の前に広がる膨大な時間である。人との接触を避けて公園に出かけることくらいしか気晴らしのない世界で、この先いつ収束するとも知れぬこの状況で、今後わたし達は時間のつくり方よりも使い方と向き合う事となる。
Matthew Burrows によって立ち上げられた Artist Support Pledge(注1)に参加した日付を確認してみる と3月23日となっている。ということは10日ほどで目標の£1,000に到達したということ になる。予想以上の結果に驚かされながらも人の温かさを思い知る。偶然にも最近気になってい た作家も参加していたので、ルールに従って彼のドローイングを一枚購入。
ここ2週間の間に「自宅でできるアート」などの、家での過ごし方をアーティストが提案するビ デオ、といった企画が多数発表された。例えば Keith Tyson と Artist Support Pledge が共同で立ち上 げた Isolation Art School(注2)や、イギリスの Colchester にある FirstSite が主催した ART IS WHERE THE HOME IS(注3)など、とにかく行動を起こした彼らの素早い対応には脱帽する。確かにイギ リス政府はロックダウン以降の人々の精神面での負担を当初より危惧していた。 その他にわたしが住むエリアでは、閉店を余儀なくされたローカルのピザ屋に寄付を募り、 NHS(国営医療サービス)の現場へとピザの差し入れをしてもらう、などといった活動も始まっ た。ネットを中心に人々が少しずつ与えあいながら今までにないくらい連帯を強めている。
Burrows 氏は言う。
‘What we are putting out into the world is a movement but not buisiness’
(わたし達が世界に投げかけたのはビジネスではなく‘動き’だ)
ある月曜日の朝に仕事先の同僚と交わした会話。
「おはよう元気?週末はどうだった?」
「大したこと何もしなかった、a lazy weekend。でもなんだろうね、この罪悪感。」
「はは、わたし達はみんな資本主義に洗脳されてるからね。」
すべての人がほとんど家の中に居るわけだから、必然的に家人と過ごす時間が長くなる。中国ではロックダウン以降離婚率が上がったそうだ。独り暮らしの人は気楽で良いがその分不安だろう。妻はまだ隔日で出勤してはいるが、家にいる日はもっぱら就寝するまでへとへとになりながらミシンでマスクを縫っている。マスクを縫っていない時は石けんを作っている。石けんを作っていない時は、編み物をしたり、梅干しを作ったり、漬け物をつけたりとわたしより何倍も活発で、日々飽くなき探求を続けている。そんな根っからの作り手である妻の読み物はすべて実用書である、驚きだ、そういうところはわたしと全然違う。西日の当たったミシンが今日は格好良く見えたので写真を一枚。
そういえばわたしが高校生の時に会った二十歳のパンクは、「人から何かを与えられないと楽しめないようなやつはクズだ」と言っていた。今や時間をつくるという課題から開放されたアーティストやその時のパンクが、膨大な時間を前に途方に暮れている人達にその使い方を教えてあげれば良い。ありあまる時間の中で、とにかく世界に何らかの動きを与えること、そのためには目の前のできることをやる、それが良いと思う。
松﨑友哉
4.9.2020 / London
(注1)Artist Support Pledge
ロックダウンの影響により収入を失ったアーティストを支援するためのキャンペーン。イギリス人アーティスト、Matthew Burrows氏によって立ち上げられた。インスタグラム上で展開し誰でも無料で参加ができる。ルールは£200以下の作品(現在は$200、€200、¥20,000と記載されている)を# Artistsupportpledgeというタグとともにインスタグラム上で公開し、販売する。売り上げが£1,000に到達した人は 他の参加者の作品£200程度を購入する。3月17日の開始以降、ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、アジア、ア フリカ、オーストラリアなどへ瞬く間に拡散された。キャンペーンは現在も進行中。https://www.instagram.com/artistsupportpledge/?hl=en
(注2)Isolation Art School
イギリス人アーティスト、Keith Tyson氏と Artist Support PledgeのMatthew Burrows氏が共同で立ち上げたインスタグラム上での教育プログラム。ゲストアーティストがアート制作における手ほどきを配信。参加アーティスト、Urs Fischer、Nigel Cook、 Mat Collinshow、Ansel Krutなどその他多数。プログラムは現在も進行中。 https://www.instagram.com/isolationartschool/
(注3)ART IS WHERE THE HOME IS
イギリスのColchesterにあるFirstSiteによる企画。「自宅で簡単にできるクリ エィティブな遊び」のアイデアをアーティストに依頼し、それら手書きの説明書などを全編配信。FirstSite のウェブサイトより誰でも無料でダウンロードできる。参加アーティスト、Antony Gormley、Gillian Wearing、Jeremy Deller、Grayson Perryなどその他多数。https://firstsite.uk/art-is-where-the-home-is/
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